『悪夢の標的』
 
                    Shyrock:作
第2話

 阿久夢の入院後、上野は内科所属の看護師を全員集め、「このたび、阿久夢会長
が当院へ入院してこられた。病名は胃潰瘍だ。皆も知ってのとおり会長は当院のオ
ーナーであり日頃大変お世話になっている方だ。早期完治に向けて全力を注ぐこと
は当然のことだが、言動には失礼の無いように充分注意をしてもらいたい」等とわ
ざわざ朝礼を行った。

 その甲斐あって、ほとんどの看護師は上野の言葉どおり、会長の勝手気ままなふ
るまいはぐっと我慢した。ただしイヴを除いては。

 阿久夢は大した用事もないのに頻繁にナースコールをした。
「ああ、私だ。ちょっと来てくれんかね。おお、そうそう、早乙女くんに来てもら
ってくれ」

 入院当初は誰彼なしに看護師を呼びつけたが、イヴを見初めてからというもの露
骨に彼女を指名するようになった。

 阿久夢のイヴに寄せる好意を他の看護師も敏感に察知し、次第に彼の部屋へ脚を
向けなくなった。
阿久夢からナースコールがあるだけで、「早乙女さん、会長がお呼びよ」という始
末。

 これにはイヴも閉口した。
粗暴でセクハラな会長自身を好きになれなかったし、会長が自分ばかりを指名する
ことで他の看護師たちから特別視されることがとても嫌だった。

 イヴは悩んだ。そして鬱な気分がつい態度に出てしまった。
阿久夢がイヴに何を語りかけようとも、事務的な言葉しか返さなかった。
また、とっさに阿久夢が尻に触ろうとすると、阿久夢の手をぴしゃりと払い除けた。
それでも阿久夢は怒ることなく執拗にイヴにまとわりついてきた。

 ある日、阿久夢はイヴに対して信じられないようなことをささやいた。
「あんたはいつ見てもきれいじゃのう。どうじゃ?私の愛人になってくれたら、豪
華なマンションを1室買って、毎月100万円の小遣いをあげるが。考えてみんか
?決して悪い条件ではないと思うがのう」

 そう言いながらイヴの手を握ろうとしたが、イヴはその手をピシャリと払い除け、
毅然たる態度で、「お断わりします」と一言残して病室を出ていった。


 イヴは心の中でつぶやいた。
(冗談じゃないわ。いくらお金を積まれてもあんな嫌らしい会長の愛人になんかな
りたくないわ)

 それにイヴには来年結婚しようという彼氏がいたから尚更であった。
阿久夢から告げられた件は一切彼氏には漏らさなかった。
イヴは彼氏に余計な心配を掛けたくなかった。

 そんなイヴを、あわよくば自分のものにしたいと願うもう一人の男がいた。
それは上野部長であった。
彼の真面目な仕事ぶりからは伺い知れなかったが、内には異常な一面を秘めていた。