『放課後の憂鬱』

                               ジャック:作
第1章「新しい仕事」(2)

 藍はピンクの水着一枚の姿で、吉田の待つスタジオに入っていった。
着替えのとき慌てていたので気づかなかったが、藍の着たピンクの水着には胸のパット
がなかったため、乳首が浮き出てしまっていた。

 「あっ!」藍がその事に気づいた時はもう吉田の前にいた。
藍は吉田に「あのぉ、この水着・・・」と切り出しだが、吉田はお構いなしにカメラを
構えた。
「ごめんなさい! この水着じゃちょっと・・」藍は勇気を出してもう一度言ったが、
吉田は冷たく「時間ないからさぁ、さっさとやろうよ。」と藍を遮り、撮影を開始した。

 藍は胸を隠すようにしてカメラの前に立ったが、「ねぇ、やる気あるのぉ?」と吉田
に言われたため仕方なく手を下ろした。
藍は恥ずかしさで一杯だったが、「きっとこんなの見慣れてるんだ、気にしちゃいけな
いんだ・・」と自分に言い聞かせ、吉田の言うポーズをとった。
吉田は藍の乳首のことなど気にしていない様子で、シャッターを切り続けた。

 「じゃ、次の衣装ね。」
と吉田が言うとスタイリストが藍を手招きした。藍はスタイリストに「この水着って、
パットとか入ってないんですか?」と尋ねると、呆れ顔で「あぁ、競泳用なのよ、これ。
そんな事も知らないでここに来たの?」と見下すように藍に言った。
藍はあきらめてそれ以上要求するのをやめた。

 何枚か同じような水着の写真を撮ったあとで、スタイリストは藍に薄手のTシャツと
ぴったりしたパンツを手渡し、「次はこれに着替えて」といった。
藍は水着が終わったので、ほっとして着替えを始めた。

 着替え終わってカーテンを開けると同時に、スタイリストは藍に厳しい口調で言った。
「ちょっと、なんでブラしてるのよ!それにパンティも穿いてるでしょ?プロでしょ、
あんた?!」

 藍は驚いた様子で答えた。
「えっ、ノーブラ、ノーパン・・・ですか?」
「当たり前でしょ? ラインが出ちゃったら台無しじゃない!」
「ご、ごめんなさい、すぐに・・」

 藍が答え終わる前にスタイリストはカーテンの奥に藍を押し込み、Tシャツに手をか
け脱がすとすばやくブラジャーをはずした。
藍の乳房があらわになり、手で胸を隠そうとしたが、スタイリストはすぐにパンツも下
ろしにかかった。

 しかし「こ、こっちは自分でします・・」と藍は手を払いのけた。
スタイリストはあきれた様子でカーテンを閉めた。
藍は女性とはいえ、自分の衣服を脱がされたことにショックを隠せなかった。
少しして着替え終わるとカーテンを開け、吉田の前に行った。

 明るいライトが当たると藍はまた驚いた。
Tシャツから乳首が浮き出ているどころか透けてしまっていて、何も身に付けていない
も同然だった。
しかもパンツは薄い黄色だったため、陰毛も透けてしまっている。

 シャッターの連続した音に藍はまるで「犯されている」ような気分になり、その場に
うずくまってしまった。涙も出てきた。
吉田が藍を気遣い「どうした?」と声をかけた。その声に反応して、藍はとうとう声を
上げて泣いてしまった。

 多田と岸田が驚いた様子で部屋に入ってきた。
多田が「どうしたんだい? 藍ちゃん、何かあったのか?」と藍の肩を取り抱きしめた。
藍は泣きながら「な、なんでもありません・・」と答えるだけだった。

 「今日はこの辺にしようか、なぁ吉田?」と多田は吉田にいたずらっぽく合図した。
「まぁ写真はちゃんと撮れましたから、お嬢ちゃん、がんばったね。」と吉田も藍をな
ぐさめた。

 藍は少しだけほっとした。しかし涙は止まらない。
「どうした?」岸田が藍に聞いた。
藍は「こんな服、着たことなかったので、ちょっと・・」とべそをかきながら答えた。

 多田は「まぁ、これはテスト撮影だから、本番はちゃんと見えないようにするんだよ、
それに今日の写真はすぐに破棄してしまうんだ。安心しなさい。」と藍に言った。
藍はまだ泣きながら「はい・・すみませんでした・・」と答えた。
多田と吉田はそんな藍を見て、不穏な笑みを浮かべていた。が、藍は自分のことが精一
杯な様子で気づかなかった。

 岸田は藍に言った。
「そのうち涙なんか出したくても出なくなるんだから!」藍はその言葉の意味を、その
ときは理解できなかった。
 
 「もうそのままうちに帰っていいからな。」岸田はそういうと、外に待たせてあった
タクシーに藍を乗せた。
「で、でも・・」藍が何か言おうとすると、岸田はそれを遮り「所長には俺からうまく
言っといてやるから、心配するな。」と藍の肩を叩いた。

 ドアが閉まると、岸田を残し藍だけを乗せたタクシーが走り出した。
藍が後ろを振り返ると、岸田は見えなくなるまでそのまま立っていた。

 タクシーの中で藍は、今日あった出来事を思い出し顔を赤らめた。
仕事とはいえあんな格好にならなきゃいけないなんて、でもあのくらいのことはあたり
まえなのかな・・と思いを巡らせた。が、疲れていたためそのうち眠ってしまった。

 藍が目を覚ますと、タクシーは既に家に到着していた。
藍は車を降り、玄関へ向かった。が、すぐに足を止め、今の自分の顔を想像した。
「きっと泣いたのがばれちゃう・・」

 少し周りを歩いてから家に帰ろうと思い、足を反対に向けようとしたが遅かった。
玄関が開く音がした。
藍はびくっとして見ると、やはり秋だった。
秋には、秋にだけは見られたくなかった。

 「おねえちゃん、どうしたの?」秋は様子がおかしい藍に尋ねた。
「な、なんでもない。」何食わぬ顔で秋を振り切り、藍は玄関へ向かった。
「なんでもないって、目のあたり、はれぼったいよ。」秋は見逃さなかった。
藍はばつが悪そうに「なんでもないよ! ほっといてよ!」と秋に言い返した。
秋はすこしむっとした様子で、「どうせ仕事で叱られて泣いたんでしょ?」と意地悪そ
うに藍に言った。

 藍は秋を無視して洗面所で顔を洗い、自分の顔を鏡で確認した。
「だいじょぶ・・だね。」自分を納得させるかのように藍はつぶやいた。
「あ、そうそう、お姉ちゃんにって学校の友達がこれ置いてったよ。」と秋は封筒を手
渡した。
「え、なんだろ?」藍はそれを受け取ると自分の部屋へ入っていった。

 封筒には本のように綴じたコピー用紙が入っていた。表紙に「愛の憂鬱」と書かれて
いた。
「あっ、脚本、もうできたんだぁ! 結構クサいタイトルだね。」と呟きながら、ペー
ジを開いた。

 文章は雑だったが内容はしっかりしていて、すぐ引き込まれていった。
兵役から脱走してきた恋人を匿い、自らが捕らえられ絶望するが、それでも愛しつづけ
る、そんな内容だった。

 藍は今日の仕事場での出来事をすっかり忘れて読み読みふけっていた。が、半分ぐら
い読んだ所で時計をみると、既に1時を過ぎていた。
「あっ、そろそろ寝なきゃ。明日が楽しみだな」藍はすっかり気分を取り直し、疲れて
いたせいもありすぐに眠ってしまった。


              

    この作品は「ひとみの内緒話」管理人様から投稿していただきました。